添乗員ライターがお届けする海外旅行情報。今回は、ローマ中心部で古代の競技場の形をそのまま受け継ぐナヴォーナ広場(イタリア語: Piazza Navona、ナボナ広場とも表記)です。細長い広場には三つの噴水が並び、西側には波打つ曲線のファサードを持つ教会が建っています。足元の数メートル下には、約2000年前の競技場の遺構が眠っています。バロックの華やぎと古代ローマの記憶が重なる広場の成り立ちと見どころを、順にたどります。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 施設名 | ナヴォーナ広場(Piazza Navona) |
| 営業時間 | 終日(屋外の公共広場) |
| 定休日 | なし |
| 住所 | Piazza Navona, 00186 Roma, Italia |
| アクセス | ローマ歴史地区の中心。パンテオンから徒歩約10分。広場の近くに地下鉄駅はなく、コルソ・ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世通りのバス停(Navona)から徒歩圏 |
混雑とスリ、噴水まわりで気をつけたい点
ナヴォーナ広場はローマでも指折りの人気スポットです。特に午後から夕方にかけては観光客で埋まり、噴水の前では写真を撮る人の列ができます。静かな雰囲気を味わいたい場合は、人出が増える前の朝の時間帯が向いているとされています。
人混みではスリへの警戒が欠かせません。バッグは体の前で持ち、ポケットに貴重品を入れたままにしないといった基本的な備えが役立ちます。広場には路上パフォーマーや物売りも多く、声をかけられる場面があります。
噴水の縁に腰掛けたり、水に入ったりする行為は禁止されており、罰金が科される場合があります。暑い季節でも、噴水で涼むことはできないと考えておくと安心です。
競技場から広場へ ナヴォーナ広場の歴史

細長い楕円形という広場の形には、はっきりした理由があります。この広場は、古代ローマの競技場がそのまま姿を変えたものです。
古代 ドミティアヌス競技場の時代
ローマの観光局によると、広場の形は皇帝ドミティアヌスが紀元86年に完成させた競技場の外周を忠実に写しています。長さ約275m、幅約106mで、約3万人の観客を収容できました。コロッセオの収容人数が5万〜6万人とされるのに比べると小ぶりですが、常設の本格的な建築として造られた競技場は、ローマではこの一例だけです。
ここで行われたのは、剣闘士の戦いではなく陸上競技でした。ギリシャの競技会に倣った大会で、走る、跳ぶ、投げるといった種目に加え、音楽や詩の競演も催されたと伝わります。優勝した選手には社会的な地位や特権が与えられることもありました。
広場の名前も、この競技場に由来します。ラテン語で競技を意味する言葉が、「in agone」から「nagone」を経て「navona」へと変化したとされています。
中世からルネサンス 市場の広場へ

競技場が使われなくなったあと、跡地には建物が建ち並びました。15世紀には広場が舗装され、およそ300年にわたってローマの主要な市場が置かれました。1450年の聖年に合わせて、スペイン人のための教会が建てられたのもこの時期です。この教会は現在、ノストラ・シニョーラ・デル・サクロ・クオーレ教会と呼ばれています。
古代の遺構は今も地下に残っています。観光局の説明では、競技場の跡は現在の地面から5〜6m下にあり、広場の北にあるトル・サングイーニャ広場に面した建物の下や、サンタニェーゼ・イン・アゴーネ教会の地下で、その一部を確かめられます。
バロック期 インノケンティウス10世の大改造
広場の姿を現在の形に整えたのは、17世紀の教皇インノケンティウス10世(在位1644〜1655年)です。パンフィーリ家出身の教皇は、自家の宮殿が面するこの広場を、教皇在位の威光を示す舞台に作り替えようとしました。
中央には噴水を据え、西側には一族ゆかりの教会を新築しました。彫刻家で建築家のベルニーニと、建築家のボッロミーニ(ボロミーニとも表記)という、バロックを代表する二人が同じ広場で腕を競うことになったのです。
水を張った広場 夏の風物詩
広場の歴史には、意外な使い方もありました。観光局によると、17世紀から19世紀半ばにかけて、8月の土曜と日曜には広場の一部に水を張り、ローマ市民が涼を取る場になっていたといいます。当時の広場は中央がくぼんだ形をしていたため、水を張ると浅い池のようになりました。
四大河の噴水 ベルニーニが仕掛けた劇場的な彫刻

広場の中心に立つ四大河の噴水は、ベルニーニの最高傑作の一つです。インノケンティウス10世が依頼し、1651年6月12日に除幕されました。ベルニーニは銀の模型を教皇に見せて、この仕事を得たとされています。
岩山とオベリスクの構成
噴水は、トラバーチンの大きな岩山を模した造りです。岩山の内部には洞窟のような空洞が穿たれ、頂にはオベリスクがそびえています。このオベリスクは、アッピア街道沿いのマクセンティウスの競技場から運ばれた花崗岩製のものです。頂上には、教皇家の紋章にあしらわれた鳩が青銅像となって載っています。
岩山の四隅には、大理石の巨大な像が配されています。それぞれが当時知られていた四つの大陸の大河を表し、傍らの動物や植物で見分けられます。
- ドナウ川(ヨーロッパ): 馬が添えられています。作者はアントニオ・エルコレ・ラッジです。
- ガンジス川(アジア): オールと竜が添えられています。作者はクロード・ポーサンです。
- ナイル川(アフリカ): 頭に布をかぶり、ライオンとヤシが添えられています。作者はジャコモ・アントニオ・ファンチェッリです。
- ラプラタ川(アメリカ): 腕を高く上げ、傍らにアルマジロがいます。作者はフランチェスコ・バラッタです。
ベルニーニは多くの彫刻家や職人を自らの管理下に置き、この噴水を仕上げました。建築と彫刻が一体になった動きのある造形は、完成当時から教皇や見物人を驚かせたと記録されています。
ベルニーニとボッロミーニ 噴水に託された言い伝え
この噴水には、二人の巨匠の対立にまつわる有名な言い伝えがあります。ナイル川の像が顔を布で覆っているのは、向かいに建つ教会の設計の欠点を見たくないから。ラプラタ川の像が腕を上げているのは、教会のファサードが倒れてくるのを防ぐため。そう語られてきました。
ただし、観光局は、噴水の完成が教会の建設より前だったことを注記しています。あくまで後世に生まれた話です。それでも、噴水の前に立って教会の曲面のファサードを見上げると、二人の巨匠が同じ広場で競い合った時代の空気が、この言い伝えを生んだ理由として伝わってきます。
2024年に完了した修復
四大河の噴水は、2024年5月から約7か月をかけて修復されました。前回の修復から20年近くが経ち、石灰質の付着物や生物による汚れが目立っていたためです。表面の洗浄と補強、水盤の防水の作り直しなどが行われ、ドナウ川の像の失われていた指の一部も復元されました。
広場を彩る見どころ
サンタニェーゼ・イン・アゴーネ教会

広場の西側に建つバロックの名建築です。8世紀にはすでに教会があった場所で、若い殉教者アニェーゼが命を落とした地に建てられたと伝えられます。現在の建物は1652年にライナルディ父子が着工し、1653年からはボッロミーニが引き継いで仕上げました。
ボッロミーニは、中央が内側にへこむ凹面状のファサードと高いドームを組み合わせ、広場に向かって開くような構成にまとめました。左右に並ぶ双子の鐘楼もボッロミーニの設計です。右の鐘楼の基部に立つ聖女像が胸に手を当てているのは、教会は崩れないと請け合う仕草だという言い伝えもあります。
内部はギリシャ十字形の平面で、金と大理石の装飾が豪華です。ドームは8本の柱に支えられ、チーロ・フェッリがフレスコ画を描きました。地下には中世の礼拝堂から続く空間があり、アルガルディ作の大理石の浮彫「聖アニェーゼの髪の奇跡」が祭壇に据えられています。
ムーア人の噴水とネプチューンの噴水
中央の噴水の南北にも、二つの噴水があります。南端にあるムーア人の噴水は、イルカと格闘するエチオピア人の像が名前の由来です。北端のネプチューンの噴水は、海の怪物と戦うネプチューンを、ニンフたちが取り囲む構図をしています。どちらもジャコモ・デッラ・ポルタが手がけた噴水で、現在のネプチューン像は19世紀に加えられたものです。
ベルニーニの噴水に目を奪われがちですが、広場の両端にある二つの噴水も合わせて眺めると、細長い広場全体がひとつの舞台として設計されていることがわかります。
パンフィーリ宮殿
教会の隣には、インノケンティウス10世の一族が築いたパンフィーリ宮殿が建っています。1960年からはブラジル大使館として使われています。外観を眺めるだけでも、広場がかつて教皇一族の私的な空間でもあったことが実感できます。
夕暮れの広場と冬の市

広場は夕暮れから夜にかけて雰囲気が変わります。噴水や周囲の歴史的建物にライトが灯り、路上のパフォーマーやカフェのテラスが賑わいを増していきます。
冬には、例年12月初旬から1月6日の公現祭にかけて、広場が市の会場になります。お菓子や飾り、贈り物を売る屋台が並び、1月6日にはベファーナと呼ばれる魔女が子どもたちにお菓子を配る行事で締めくくられます。この季節のナヴォーナ広場は、古代から続く「人が集まる場所」としての性格を、あらためて感じさせてくれます。
ナヴォーナ広場周辺の見どころ
広場の周辺には、徒歩で回れる範囲に見どころが集まっています。広場を起点に、気軽に散策を広げてみてください。
パンテオン

広場から徒歩約10分の距離にあります。古代ローマの神殿として建てられ、2世紀に皇帝ハドリアヌスの時代に再建された建物で、円形の本堂の天井には中央に大きな開口部があります。ナヴォーナ広場の曲線的なバロックの空間と見比べると、ローマの建築の幅広さが実感できます。

サン・ルイジ・デイ・フランチェージ教会
広場の東側、徒歩数分の場所にあるフランス人コミュニティの教会です。礼拝堂にはカラヴァッジョが描いた聖マタイの連作が飾られており、「聖マタイの召命」を中心に、光と影の劇的な表現を間近で見られます。バロック絵画の入口として、広場の見学とあわせて立ち寄りたい一か所です。
サンタゴスティーノ教会
広場の北側にある教会で、こちらにもカラヴァッジョの作品「ロレートの聖母(巡礼者の聖母)」が収められています。参拝に訪れた庶民の素足を大胆に描いた作品として語り継がれており、サン・ルイジ・デイ・フランチェージ教会と続けて訪れると、画家の作風の変化も感じられます。
アルテンプス宮殿(国立ローマ博物館)
広場のすぐ北に建つ15世紀後半に建設が始まった宮殿で、国立ローマ博物館の分館として古代彫刻のコレクションを公開しています。宮殿そのものの中庭や装飾も見どころで、ルネサンス期の貴族の邸宅の雰囲気を伝えています。
カンポ・デ・フィオーリ広場
広場から南へ歩いてすぐの距離にある広場で、昔から続く市場で知られます。中央には、1600年に火刑に処された思想家ジョルダーノ・ブルーノの像が立っています。ナヴォーナ広場の華やかさとは違う、庶民的なローマの表情に触れられる場所です。
ローマ博物館(ブラスキ宮殿)
ナヴォーナ広場のすぐそばにある宮殿で、ローマの歴史と暮らしをたどる展示が行われています。広場で見たバロックの舞台が、街の歴史の中でどのように形づくられてきたのかを、あらためて整理できます。
ナヴォーナ広場周辺のおすすめホテル
ナヴォーナ広場の周辺は、パンテオンやカンポ・デ・フィオーリ広場にも徒歩で出られる便利な立地です。広場の朝と夜の表情を両方味わうなら、徒歩圏のホテルに滞在する選択が向いています。ここでは、広場からの距離と設備で選んだ3軒を紹介します。
パラッツォ ナヴォーナ ホテル(Palazzo Navona Hotel)
広場から約100mの場所にある4つ星ホテルです。ルーフトップテラスを備え、パンテオンにも近い立地です。宿泊者の評価も高く、広場の散策を拠点に日中の観光と夜の街歩きを組み立てやすいホテルです。観光のあとにテラスで一息つく時間も、滞在の楽しみになります。
ホテル ラファエル(Hotel Raphaël)
ナヴォーナ広場から徒歩約3分の、ラルゴ・フェーボにある5つ星ホテルです。ルレ・エ・シャトー(Relais & Châteaux)に加盟するホテルで、屋上のテラスからは、サン・ピエトロ大聖堂からパンテオンまでを見渡せます。広場のすぐ裏手にありながら、静かな通りに面しているのも魅力です。上質な滞在を求める旅行者におすすめです。
オリエント・エクスプレス ラ・ミネルヴァ(Orient Express La Minerva)
アコー(Accor)系列のオリエント・エクスプレスが、2025年に開業させた同ブランド初のホテルです。17世紀の館を改装した建物で、パンテオンまで徒歩約2分、ナヴォーナ広場までは約450mの距離にあります。屋上のレストランとバーからは、パンテオンとローマの街並みを見渡せます。歴史的な建物の中で過ごす特別な滞在を望む方に、おすすめの一軒です。
まとめ

ナヴォーナ広場は、古代ドミティアヌス競技場の形を受け継ぎながら、17世紀にインノケンティウス10世の手でバロックの舞台へと作り替えられた広場です。ベルニーニの四大河の噴水、ボッロミーニのサンタニェーゼ・イン・アゴーネ教会、両端の二つの噴水と、見どころが細長い空間に凝縮されています。
周辺には、パンテオン、カラヴァッジョの絵画が待つ二つの教会、アルテンプス宮殿など、半日では回りきれないほど魅力が詰まっています。徒歩圏のホテルに泊まれば、日中の混雑を避けた時間帯にも、無理なく広場へ足を運べます。パンテオンのすぐそばにあるオリエント・エクスプレス ラ・ミネルヴァや、広場から約100mのパラッツォ ナヴォーナ ホテルに滞在して、人の少ない朝の広場から夕暮れのライトアップまで、古代と近世が重なるローマの一日をぜひ味わってください。
