近年eスポーツが盛り上がりを見せています。プロゲーマーが世界中を飛び回り大会でその技術を見せ付けていますし、市場規模も膨れ上がり、地上波のテレビ番組で取り上げられる機会も増えてきているようです。
僕も子どもの頃からゲームが大好きだったので、ゲーマーがこんなに注目を浴びる日が来たことについては感慨深いものがあります。
僕が好きなのは世界的に有名なストリートファイターという格闘ゲーム、かつて「スト2」の愛称で親しまれた傑作が社会的なブームを起こしたことをご存じの方も多いでしょう。
ストリートファイターの制作会社カプコンは数年前からそのゲームでのプロツアーを展開しています。内容としては世界各地で大会を行い順位にポイント付けをし、最終的に上位ポイント獲得者達を集めた招待制のカプコンカップという大会が開催され、そこでその年の世界一を決めるというものです。
最新作「スト5」を使用したプロツアーは2016年から催されているのですが、作品の大ファンでもあった私はその世界に魅了され、その初年度以降プロゲーマーでもないのに次々と海外大会に参戦するという狂った生活を送っていました。
もともと旅行が大好きな身であったので、「旅行+ゲームイベント=お得」という単純な方程式に従っていただけなのですが傍から見ると意味が分からないですね。
そして2016年の夏、僕はゲームを遊ぶために地球の裏側であるチリへ飛びました。
大会の参加申し込みをした時には既に北米・アジア遠征を経験した後だったので、その楽しみ方というのが自分の中で確立されていましたし、今回はちょっと遠いなくらいの感覚でした。
しかしその時期はプロゲーマーですら南米に行くのに難があったらしく、蓋を開けてみるとその場にいたのは東大卒プロゲーマーで知られるときど選手、実力だけでなく世界中に遠征しまくることで有名なJiewa選手、僕、の三人だけが大陸外からやってきており残りは南米勢のみ。
ときど選手は地元コミュニティからの招待を受けての渡航だし、Jiewa選手はカプコンカップに出場するために凌ぎを削っている状況での参戦です。そして僕はただのパンピープレイヤー。おかしい。
まあ旅行好きなもんで「会場から世界遺産のバルパライソまで距離も近いし、楽しみだなあ」くらいに軽く考えていました。
問題はここからです。
よっしゃチリの大会行ってくるわとTwitterで呟いたところ、南米のプレイヤーからリプライが来ました。
「大会に参加してくれてありがとう、良かったらチリにいる間うちに泊まりなよ!こちらのFGC(格闘ゲームコミュニティ)も紹介するよ!」といった内容です。
遠征には当然お金がかかるのでホテル代を節約できるのはありがたいし、頼れる同趣味の知り合いができるのも嬉しい、と二つ返事でお願いすることにしました。
ただこの時は気づかなかったのですが、どうも現地の人々は僕のことを強豪プレイヤーだと誤解していたようなのです。
僕はスト5においてバーディーというキャラクターを使用しています。
こいつは当時は強いと認識されていなかったのと、その醜い、もとい特徴的な見た目によって使い手が多くはありませんでした。
その上、僕は暇な時間にとにかくスト5を遊び倒していたためLPランキング(強さの大まかな指標のようなもの)でアジア10位以内に入ってしまっていたのです。
チリに降り立った僕に待っていたのは「アジアでトップレベルのプレイヤーがチリにやってきた」という勘違いからくる途轍もなく暖かな歓迎でした。
空港に迎えに来てくれたのはKane選手でした。世界最高峰の大会EVOにおいてUMVC3部門で優勝した文字通りの世界チャンピオンです。
彼は滞在中に家に泊まらせてくれただけでなく、向こうでの生活について何かと世話を焼いてくれました。本当に感謝しています。
食事を奢られ、地元選手の集まる対戦会に連れて行ってもらい、会場ではグッズをプレゼントされ、カメラマンにインタビューを持ち掛けられ、様々な選手からしきりにサインを求められました。
いや、
待って、
ただの一般人なんです。
もちろん遠くからやって来てくれたことに対する単なる歓迎の意味もあったでしょう。南米のプレイヤーが情に厚い事は知っていますし、他の大会に参戦したプロゲーマーの方々も口を揃えてそのFGCの情熱ともてなしっぷりには言及しています。
しかし、いくら何でもVIP待遇が過ぎる。
何度も「僕は強くないよ」と伝えてはいるのですが、常識で考えればただのパンピーが地球の裏側までゲームをしにやってくるわけがないのです、僕だってそう思います。逆の立場なら勘違いしたでしょう。
申し訳なさのボルテージがMAXです。
そして当然、僕にゲームの実力が無い事はすぐにバレます。
大会前日に対戦会に招待されました。
同じバーディー使いの現地強豪プレイヤーにアドバイスを求められても何も答えられません。チリのトップ選手達と戦っても全然勝てません。
遅れてやって来たときど選手が組手のようなものを始め、全員をばったばったと薙ぎ倒していくのを「は~すっごい・・・」とパニック状態の中で眺めていました。
ついには遊ぶのをやめてふらふらと会場を見て回る自分がいました。
実際のところ、純粋に、普通に、ゲームを楽しんで遊べば良かったのでしょうが、申し訳なさが勝ってとても居心地悪く感じてしまっていました。これは本当に反省しているし、後悔しています。
下手くそでもゲームが好きなのは一緒なんだから他に過ごし方があるはずです。
当日もpool(予選)を抜けるかどうかくらいの戦績で、ダルシム使いの相手にすぐに負けてしまいました。
「調子はどうだい?」と尋ねられて「もう負けたよ」と返すやり取りを繰り返し、「バーディーはダルシムに分が悪いからね」と慰められたりもしました。
実際は相性ではなく完全に実力の差で負けていたのですが。
カメラマンからのインタビューも自然消滅し、野試合をするでもなく会場をうろつく僕を見て「彼は本当にゲーマーなのか?」とTwitterで呟く選手もいました。つらい。
そしてスト5の決勝戦はときど選手とJiewa選手の対戦となりました。
わざわざ大陸外から乗り込んできた漢達、当然の実力です。
しかし試合開始前に、僕は会場を後にしなければなりませんでした。大会スケジュールが遅れていて、帰国フライトの時刻が迫っていたためです。プロツアーといっても大会運営はそれぞれのコミュニティに任されるため、こういった事もよくあります。
帰路に着く前に数日間世話をしてくれたKane選手に挨拶をしに行きました。
マルチプレイヤーである彼の首には優勝の証であるメダルがぶら下がっています。
「空港まで送っていくよ、チリに来てくれ本当にありがとう」
キラキラとした戦利品に負けないとびっきりの笑顔で彼は言いました。
これまで一緒に対戦したり飲みに行ったりしたプレイヤー達が車を出してくれて、余裕をもって空港へ辿り着くことができました。彼らだってゲームが大好きなのだから、地元にやってきてくれたトップ選手達による最高峰の決勝戦を見届けたかったに違いありません。
FGCの暖かさに、泣きそうになりました。ていうかちょっと泣いた。
その後、なんとか恩返しができないかと日本の某配信とチリFGCとのやりとりや翻訳を手伝ったりしました。
以降も様々な大会に参加し続けたのですが、チリとそのプレイヤー達は僕にとって特別なものです。コロナ禍かつ仕事もあるのでいつになるのか分かりませんが、また渡航して今度はゲームを全力で思いっきり遊びたいなと考えています。
チリのFGC、ありがとう。